妊産婦安全のための全国パートナーシップ ― 妊産婦安全バンドル

Jennifer M. Banayan, MD; Barbara M. Scavone, MD

元の記事はオンラインで参照可能:https://dev2.apsf.org/article/national-partnership-for-maternal-safety-maternal-safety-bundles/

母体安全米国は1990年以降妊婦死亡率が増加した世界8カ国のうちの一つであり、これは先進国では唯一である。1、英国、ドイツ、日本と比較して、米国では妊娠関連合併症で死亡する確率が3倍も高い。1 特に、前世紀から1982年にかけて、医療の進歩、産科ケアの訓練を受けた専門家による病院での分娩と高度な無菌技術により米国における妊婦死亡率は劇的に改善されたことを考えると、2 この調査結果は衝撃的であろう。3

伝統的に、妊婦が死亡する最も一般的な原因は、出血、高血圧性合併症、血栓塞栓症、感染症であった。4,5 麻酔に起因するものを含め、従来の原因による死亡率は現在低下している。妊産婦死亡の増加は、心血管疾患および他の合併症に起因する。5,6 妊産婦死亡率と合併症発生率の増加を考えると、これらの死亡の原因を特定・評価し、予防可能な要因を見出すための行動が焦眉の急であった。これにより女性の健康管理における患者安全評議会の中で、母体安全のための全国的パートナーシップ(National Partnership for Maternal Safety; NPMS) が形成された。その使命は「文化変容をもたらす多分野の協力を通じて、女性の健康管理における患者安全を継続的に向上させる」ことである。この目的を達成するために、NPMSは患者安全バンドルを作成した。これは、アウトカム改善のために同時に行われるように設計されたエビデンスに基づく介入である。7 NPMSは、出血、妊娠高血圧、血栓塞栓症の3つのトピックに関する資料を作成することをもって嚆矢とし、その推奨事項をWebサイト:https://www.safehealthcareforeverywoman.orgに公開した。

エディトリアル「次はどうなるというのか?」

APSFニュースレターがNPMSの妊産婦安全バンドルに特に焦点を当てた妊産婦の安全に関する記事を公開してから4年が経ったが、残念ながら、私たちの悲惨な妊産婦死亡率と合併症発生率は思ったほど改善していない。元の記事で筆者らは、2007年の米国の妊産婦死亡率(maternal mortality rate; MMR)が100,000人あたり12.7であることに言及した。この数字が改善することに大きな期待を寄せて、2020年1月にリリースされた2018年以降のMMRを含む国立衛生統計センター(the National Center for Health Statistics; NCHS)からの人口動態統計レポートを10年待った。残念なことに、MMRは17.4に増加し、またしても先進国の中で最悪であった。8 最新のNCHSデータも同様であった。40歳以上では死亡リスクが高く、出生10万人あたり81.9で、これは25歳のリスクのほぼ8倍である。アフリカ系アメリカ人では特にリスクが高い。MMRが出生10万人あたり37.1であり、非ヒスパニック系白人(14.7)の2.5倍、ヒスパニック系(11.8)女性の3倍である。8 高齢と黒色人種が重複すると特に高い死亡リスクとなり、40歳以上の黒人女性は、出産入院中に700人に1人が死亡する計算になる。4

どうしてしまったというのか。なぜ米国で死亡数が改善しないのだろうか。疫学者、臨床医、および研究者が答えを求めている。私たちの元の記事が公開された時点で、2015年に公開された産科出血に関するバンドルは、9 全国の出産センターで取り入れられようとしている最中であった。バンドルの使用を出発点として、出血キットとカートの作成、対応チームの編成、新しい出血に対応するためのチェックリストとタイムアウトの作成、システムの問題に焦点を当てたグループと報告の確立といった方策をとり、母体の出血の管理方法を変更した。死亡数の変化は3年で現れるであろうか。そうとは言えまい。まず、多くの分娩センターは、推奨されるプロトコルを実行できていなかったり実務の変更に際して厳密にプロトコルに準拠していなかった。第二に、バンドルが広く採用された後だとしても、3年では結果の実際の違いを確認するのに十分な時間ではなかったかもしれない。国内統計に変化がなくても、妊産婦出血プロトコルを制定することが妊産婦における合併症発生率と死亡率に実際の影響を与える可能性があるというエビデンスがある。10-12 カリフォルニア州は数年前よりすべての出産センターに出血バンドルの組み込みを義務付けているが、出血の重症度や必要な輸血量を下げることに成功し、さらには緊急子宮摘出術の頻度低下という結果も得られそうである。13

米国疾病予防管理センター(CDC)の妊産婦死亡率監視システムを詳しく見ると、死亡率に関してNCHSと同様な特有のパターンが観察される。多くの少数民族、特に非ヒスパニック系黒人と非ヒスパニック系アメリカンインディアン/アラスカ先住民の女性において、他のすべての人種/民族グループよりも高いMMR(それぞれ、40.8と29.7)がみられる。14 多くの人が、この格差を貧困、教育の欠如、出生前ケアへのアクセスの制限、および一般的に身体的および精神的健康の低下を理由にしている。しかし、研究において教育と社会経済的地位を調整しても、黒人女性の死亡のリスクは依然として高い。実際、大学の学位のような社会的および経済的に比較的有利なアフリカ系アメリカ人の女性においても、そのような利点のない白人女性よりも妊娠中の有害事象のリスクがかなり高くなっている。15この黒人女性における著しい格差はなぜ起こるのか、研究者と臨床医を悩ませている。仮説としては、この国で黒人女性が経験する容赦ない全面的な人種差別による慢性ストレスが、妊産婦死亡率の上昇に直接つながる高血圧および/または子癇前症につながる生理学的緊張を生み出しているというものがある。16 言い換えれば、アメリカで黒人女性であるだけで経験する日常のストレッサーは、病気になったときの死亡率を高めており、これが妊娠と産後の期間にまで及ぶということである。人種差別は、医療従事者が黒人患者の正当な懸念や症状を無視するといった暗黙のバイアスとしても現れている。17 痛みが曖昧な場合や症状がはっきりしない場合もあるが、妊産婦死亡に繋がりうる重大な警告サインである可能性があり臨床医が認識して行動する必要がある。

人種格差への懸念に加えて、オピオイド使用障害とメンタルヘルスおよび自殺関連の死亡も注目を集めてきている。残念ながら、妊産婦死亡率を報告する際の過剰摂取または自傷行為による死亡はCDCの報告には含まれていない。これらの死亡は、妊娠関連ではなく妊娠に付随するものであると考えられている。したがって、これらのトピックに関して我々が得られる知識のほとんどは、死亡診断書から収集された情報に限定されており、妊娠中または産後1年以内に発生した薬物の過剰摂取、自殺、殺人などの傷害による死亡を妊娠関連と見なすべきかどうかを確認することは難しい。オピオイド過剰摂取の流行は、この国の男性・女性の両方の死亡の主な原因として挙げられ、妊婦は特にそのリスクが高い可能性がある。2007年から2016年の間に、薬物の過剰摂取に起因する死亡率で妊娠に付随するものが2倍以上になった。18

昨年、カリフォルニアの病院で生まれたばかりの乳児を出産した100万人以上の女性を対象としたレトロスペクティブな人口ベースのコホート研究では、薬物による死亡が2番目に多い死因(100,000人年あたり3.68)であり、自殺が産後の7番目の主要な原因(100,000人年あたり1.42)であった。この例は、米国のみに限らない。英国の報告では自殺を産後の妊娠関連死の最も多い原因としており、19 日本もメンタルヘルスと自殺の問題に長年苦しんでいる。20

オピオイド依存症が増加するにつれて、我々は麻酔専門職として、オピオイドを乱用しその結果オピオイド耐性と痛覚過敏を発症する患者を管理することになるだろう。オピオイド依存症の女性は、一般的な産科集団の女性よりも産後の疼痛スコアを高く言うことがよくある。臨床医として認識しておくべきことは、オピオイド依存の女性はオピオイドをより高い用量を必要とするがその鎮静効果に免疫が乏しい。麻酔専門職は、適切な鎮痛と鎮静および呼吸抑制効果の間の困難なバランスに直面しているといえる。薬物乱用のある女性は、帝王切開を必要とする率、輸血率、死亡リスクが高くなる。21 逆に、オピオイドをもともと使用していない患者では、臨床医が退院後に産後のオピオイドを処方した場合でもオピオイド依存となるリスクはほとんどない。精神疾患の既往、他の違法薬物の使用、および頭痛や慢性腰痛などの慢性疼痛障害のある患者も高リスク群である。医療者は、リスクが高い患者属性を認識し、オピオイド投与を制限するためにマルチモーダルな疼痛管理を行うよう努めなければならない。22

これらの新しい調査結果は、まず、CDCおよびその他の妊産婦死亡率を扱う協議会が従来の妊産婦死亡の原因の枠を超えて、妊娠に関連する死亡をデータに含めるように我々が支援しなければならないと強調している。それらの死亡を数えることなしに防ぐことは不可能だ。第二に、メンタルヘルスと薬物乱用は母体の健康全般に関連しているため、これらに対処するためにもっと努力しなければならない。

課題は山積みだ。バンドルが公開された際に、すべての臨床医がバンドルを具体化するにはかなりの努力が必要になる。増加する合併症発生率と死亡率に対処するために、NPMSはその重要な作業を続けてきた。元の記事では、2015年の産科出血に関するバンドル9 と2016年の静脈血栓塞栓症に関するバンドルの発行について述べた。23 それ以降に、NPMSは人種的および民族的格差に関するバンドル15 およびオピオイド使用障害のある女性のための産科ケアに関するバンドルを発行している。24 妊婦のケアに参加するすべての者がこれらのバンドルを用いなければならない。他にも多数のバンドルが公開されている。2017年1月、手術部位感染の予防に関するバンドル25 に続いて、母体のメンタルヘルスに関するバンドルが発行された。26 2017年8月に妊娠中の重度の高血圧に関するバンドルが、27 2018年には、初回帝王切開を安全に削減させることに関するバンドルが発行された。(図1)。28

図 1:女性の健康管理母体安全バンドルにおける患者安全に関する評議会

産科出血
妊娠中の重篤な高血圧
母体静脈血栓塞栓症
オピオイド使用障害のある女性のための産科ケア
周産期の人種/民族格差の縮小
手術部位感染の予防
母体のメンタルヘルス:うつ病と不安
「初回帝王切開による出産」の安全な削減

https://safehealthcareforeverywoman.org/

米国のMMRは先進国の中で最も高いという認識が広まり、真の変化をもたらすために全国規模で協調的な取り組みが行われているが、最新のNCHSとCDCの数値は、MMRの悪化が続いていることを示している。8米国の妊産婦がほかの国よりも高齢で健康上問題があるのか、それともあるいは米国の統計には時間差がありその数値は遅れて改善してくるのか。いずれにせよ、我々はここで満足して出血バンドルのみで動きを止めてはならない。麻酔専門職として、我々はすべての母体バンドルの履行に積極的な役割を果たし続ける必要がある。我々はこれから、これまで以上に周産期の臨床医として行動し、他の医療者と協力して母体安全を最適化していかねばならない。

 

Jennifer Banayan、MDは、ノースウェスタン大学の麻酔科准教授である。

Barbara Scavone, MDは、シカゴ大学医学部の麻酔・集中治療部門と産婦人科教授であり、産科麻酔部門の責任者である。


著者らに開示すべき利益相反はない。Jennifer Banayanは、APSFニュースレターの副編集長である。


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