日本でのスガマデクス使用とスガマデクスによるアナフィラキシー発生の現状

Tomoronori Takazawa, MD, PhD; Katsuyuki Miyasaka, MD, PhD; Tomorhiro Sawa, MD, PhD; Hiroki Iida, MD, PhD著

Fvasconcellos著(自作)[パブリックドメイン]、ウィキメディア・コモンズから
スガマデクス・ナトリウムの空間充填モデル

Sugammadex(スガマデクス)は合成シクロデキストリン誘導体で、アミノステロイド筋弛緩薬、特にロクロニウムを包接して筋弛緩効果から回復させる。スガマデクス(ブリディオン®、Merck & Co., Inc.の子会社のMerck Sharp & Dohme B.V.)は、2008年に欧州連合で、その後2010年4月に日本で発売が開始された。日本でスガマデクスは、発売以来広く使用されている。2010年の日本のスガマデクスの売上高は$51,880,000に達し、世界で2番目の売上高のスペイン($11,376,000)の4倍以上だった(Merck & Co., Inc.の子会社MSD K.K.から入手したデータ)。1 日本でスガマデクスは、発売後7年間で合計11,053,680 バイアルが販売された(© 2018 IQVIA/IMS-JPN(Japan)JPM(Japan Pharmaceutical Market)。2010年4月から2017年6月までのJPMに基づく計算(許可を得て転載)。1人の患者に複数バイアル使用することがあるため、スガマデクスを投与された患者数は正確には分からない 。ほとんどの場合で1人の患者に1バイアル使用されたと仮定すると、発売後8年間で日本の人口の約10%にスガマデクスが投与されたことになる。日本では、スガマデクスの発売前はアトワゴリバース®(ネオスチグミンとアトロピンの混合製剤)が筋弛緩薬の効果の拮抗として用いられていた。ネオスチグミンの正確な有害事象発生率は文献では見出せない。しかし、ネオスチグミンは神経筋遮断からの回復のために何十年にもわたって使用されていたにもかかわらず、有害事象の症例報告はほんの数例である。 アトワゴリバース (6ml) 1本の費用は約$6(米ドル)で、容量200mgのスガマデクス1本の費用は約$90である。この驚くべき価格差にもかかわらず、アミノステロイド筋弛緩薬の効果から確実に回復させることができるため、スガマデクスは急速に普及している。日本で広く使用されているその他の要因としては、患者の経済的負担を大幅に軽減する日本独自の健康保険制度や、製薬会社の積極的な販売促進などがある。その結果、多くの日本の麻酔科医は、麻酔中に使用する薬を選択する際に価格をあまり考慮しない。

スガマデクスによるアナフィラキシーに関する報告が日本でいくつかある。1-4 日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA: Pharmaceuticals and Medical Devices Agency医薬品や医療機器を取り扱う食品医薬品局FDA: Food and Drug Administrationに似た機関)の有害事象データベースによると、2010年4月から2017年6月までに284例のスガマデクスによるアナフィラキシーが報告されている。このうち、268例はMSDによって報告され、残りの16例は医療機関から直接報告された。政府の規定に従って、MSDによって報告された症例はすべて重大である一方で、医療機関から直接報告されたものの中には重大でない事例も含まれていた。全284例中、アナフィラキシーショックとして157例、アナフィラキシー反応として88例、アナフィラキシー様ショックとして4例、アナフィラキシー様反応として35例が報告されている。これらの報告でアレルギー反応を記述するために様々な名称が使用されているのは、日本でのアナフィラキシーの定義が一貫していないことによると考えられる。以前は、IgEが関与するアレルギー事象はアナフィラキシーと呼ばれ、IgEが関与しないアレルギー事象はアナフィラキシー様反応と呼ばれていた。「アナフィラキシー様反応」という用語の使用は、今は推奨されていない。5 PMDAに報告された症例数および総販売数に基づくと、スガマデクスによるアナフィラキシーの発生率は約40,000件に1例(0.0025%)であると推定される。

2013年6月に報告された日本麻酔科学会(JSA)のデータによると(MSDの報告に基づく)、2010年4月から2013年10月までに95例のスガマデクスによるアナフィラキシーが発生した(死亡例なし)。6 調査期間中にスガマデクスを投与された推定患者数(309万人)に基づくと、スガマデクスによるアナフィラキシーの発生率は100万回の投与あたり約29回(1:34,483,0.0029%)と算出される。6 この推定値は、PMDAデータベース(図1)から得られた数値に近似している。使用されたデータが主に同じ情報源、すなわちMSDからの報告に基づいているため、PMDAおよびJSAの推定値の類似は意外ではない。しかし、これらの報告がアナフィラキシーのすべての症例を把握しているとは考えにくいため、これらのデータからスガマデクスによるアナフィラキシーの発生率を正確に推定できるかどうかは不明である。最近の日本の単一施設研究では、3年間の研究期間中に6例のアナフィラキシーがスガマデクスに起因すると疑われた。この研究は15,479人の患者が対象で、スガマデクスによるアナフィラキシーの発生率は約2,500例に1例(0.039%)であると推定されている。7 この日本での研究の著者らは、ニュージーランドの2施設から報告された観察研究を参照として挙げており、その研究では、サクシニルコリンとロクロニウムによるアナフィラキシーの推定発生率がそれぞれ0.048%と0.04%であることが示されている。8 日本の研究の著者らは、スガマデクスによるアナフィラキシーの発生率はサクシニルコリンとロクロニウムによるアナフィラキシーの発生率とほぼ同等であると結論づけた(図1)。7 重要なことは、スガマデクスによるアナフィラキシーの発生率は、PMDAおよびJSAによって報告されたものより約13倍高くなっていることである。

PMDA:独立行政法人医薬品医療機器総合機構
JSA:日本麻酔科学会
SUCC:サクシニルコリン
ROC:ロクロニウム

JSAによって報告された95例のアナフィラキシーのうち76例は、スガマデクスによるアナフィラキシーの発症時間を明示している。JSAの調査によると、スガマデクスによるアナフィラキシーは、発症時間が確定された76例のうち、投与後5分以内の発症が50例(65.8%)、投与後10分以内の発症だと66例 (86.8%)になる。6 これは、スガマデクスによるアナフィラキシーの最近の総説とは対照的であり、その総説では、最も遅い発症はスガマデクス投与後4分であり、平均値は約2分であったと報告されている。9 スガマデクスは、多くは手術終了後の抜管前に投与されるが、抜管後にスガマデックスによるアナフィラキシーが起こる可能性がある。スガマデクスによるアナフィラキシーの症状としては、気道浮腫や気管支痙攣を含む呼吸器系が多く報告されている。動脈血酸素飽和度の低下は、スガマデクスによるアナフィラキシーの約半分で報告されている。9 抜管後に重度の呼吸器症状が現れる場合は、再挿管またはその他の治療が必要となる。症状の発見が遅れた場合、患者の生命が重大な危険にさらされる可能性がある。抜管直後に患者をPACU、ICU、または他の病棟に移送する施設では、患者が厳重に看視されない期間があり、診断と治療が遅れる可能性がある。6 したがって、スガマデクスを投与された患者は、投与後少なくとも5分間は手術室内で注意深く観察する必要がある。さらに、移送中にも注意深く観察する必要がある。

複数の原因薬物のある患者が含まれていたため、合計は100%を超えている。

アナフィラキシーの確定診断は、アナフィラキシーの臨床診断基準、血中ヒスタミンおよび/またはトリプターゼ高値、および皮膚試験による原因薬物への陽性反応を満たさなければならない。10 本記事の著者らは、2012年5月から2016年3月までの4年間に、群馬大学病院および近隣医療機関で起きた周術期アナフィラキシーの患者22人に対し、原因薬物を特定するため皮膚試験を実施した。周術期アナフィラキシーの原因薬物は、22例中20例で同定された。周術期アナフィラキシーの原因薬物上位3つは、スガマデクス8例(32%)、ロクロニウム6例(27%)、抗生剤5例(23%)(図2)であった。この研究に関与した施設では、各薬物を投与された患者総数を追跡しなかったため、各薬物によるアナフィラキシーの発生率は不明である。しかし、この研究で、周術期アナフィラキシーの最も一般的な原因薬物がスガマデクスであることは事実である。これらの結果は、2016年福岡で開催された日本麻酔科学会第63回学術集会で発表された。宮崎らによる日本の単一施設でのスガマデクスによるアナフィラキシー疑い症例の研究では、血漿トリプターゼ値が上昇したのは調査された6人の患者のうち1人だけで、スガマデクスによるアナフィラキシーの診断は、臨床症状の出現のタイミングに基づいていた。7 皮膚試験はアナフィラキシーの原因薬物を特定するためのゴールドスタンダードだが、いくつかの欠点がある。皮膚試験は、アナフィラキシーを再誘発する可能性が低いけれどもある。さらに、皮膚試験中に痛みを経験することがある。特異的IgE測定は、アレルギー試験のためのイン・ビトロの代替方法だが、血液サンプルを必要とする。また、スガマデクスの特異的IgEの検出はまだ報告されていない。近年、好塩基球活性化試験がスガマデクスによるアナフィラキシーの診断に使用できることが示唆されている。11 他の薬物によるアナフィラキシーと同様に、複数の検査を実施することは、スガマデクスによるアナフィラキシーの診断の精度を高めるために必要である。

結論

私たちは、スガマデクスによるアナフィラキシーの発生率に関するPMDA、JSA、および宮崎らの報告にあるデータを提示した。報告された研究間でのスガマデクスによるアナフィラキシー発生率のばらつきと、真の分母となる投与されたスガマデクス総数が分からないことを考慮すると、現時点で正確な発生率を推定することはできない。PMDAとJSAによる報告は、医師が自主的にアナフィラキシー症例を報告するという仕組みのため、アナフィラキシーの全症例を把握しているとは考えにくく、過小評価につながる。その一方、宮崎らの研究は、少数、単一施設の診療、および不十分な検査などの制限がある。JSAは毎年会員施設に「事故事例」(麻酔科医に見越せなかった合併症症例)の発生報告を提出するよう求めているが、その主な目的は個々の薬によるアナフィラキシーの発生率を推定することではない。したがって、日本および世界各国におけるスガマデクスによるアナフィラキシーの発生率を決定するためにはさらなる研究が必要である。

スガマデクスは日本で急速に普及してきたが、これは麻酔科医の多くがその有効性を確信していることによるものと考えられる。しかし、スガマデクスを安全に使用するためには、麻酔科医は、アナフィラキシーの可能性を認識し、投与後少なくとも5分間は患者を慎重に観察する必要がある。

高澤医師は、群馬大学病院の集中治療室の講師である。

宮坂医師は、聖路加国際大学の周麻酔期看護学教授である。

澤医師は、帝京大学麻酔科の教授である。

飯田医師は、岐阜大学大学院医学系研究科の麻酔・疼痛制御学分野主任教授である。


著者は全員、日本麻酔科学会安全委員会の委員である。著者はこの記事に関与してこれ以上の開示はない。


参考文献

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