SAFE-Tサミットと麻酔の安全な実施のための国際基準

Alan F. Merry, MBChB, FANZCA, FFPMANZCA, FRCA; Walter D. Johnson, MD; Berend Mets, MBChB, PhD, FRCA; Wayne W. Morris, MBChB, FANZCA; Adrian W. Gelb, MBChB, FRCPC
サマリー: 

50億人もの人々が必要な時に安全で必要な手術と麻酔ケアを受けられない。2018年6月に発行された世界保健機関(World Health Organization: WHO)と世界麻酔科学会連合(World Federation of Societies of Anesthesiologists: WFSA) の「麻酔の安全な実施のための基準(スタンダード)」では、安全な麻酔ケアを定義し、評価するフレームワークを提供している。WFSA と王立医学会(Royal Society of Medicine: RSM)主催の各 SAFE-T サミットでは、世界規模の医療におけるこの大きなギャップの対処の進捗状況を見直し、促進するためのフォーラムを提供している。

次の記事は、2018年に世界保健会議で承認された世界保健機関(World Health Organization: WHO)と世界麻酔科学会連合(World Federation of Societies of Anesthesiologists: WFSA)の「麻酔の安全な実施のための基準」の概要である。これらの基準は、2015 WHO 決議 68.15 「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの構成要素として緊急および必要な手術ケアと麻酔の強化」を補完するものである。この記事には、この報告書のかなりの部分が逐語的に含まれている。

WHO 基準が世界中の麻酔ケアと患者安全に与える影響のために我々はこの記事を出版している。この記事は情報、教育、議論のために提供している。その内容は APSF の意見を示すまたは反映するものではない。

APSF は、誰も麻酔ケアによって傷害を受けてはならないという基本的なビジョンに献身的に取り組んでいる。私たちは、すべての麻酔専門家が、その肩書きや研修に関係なく、安全な麻酔と周術期ケアの提供に重要な役割を果たすと考えている。私たちは、すべての麻酔専門家と、麻酔患者安全に彼らが重要な貢献を果たしていることを尊重している。

Dr. Robert Caplanは、2018年の ASA 学術集会で行われたEllison Pierceキーノートレクチャーで、「患者は誰も麻酔によって傷害を受けてはならない」というDr. Pierceによって設立された APSF の使命を聴衆に思い出させた。このように、グローバル手術ランセット委員会の最初の重要なメッセージである50億人もの人々が必要な時に安全で必要な手術と麻酔ケアを受けられない1 ことについて深く考えるちょうどいい時期である。

世界的な麻酔安全基準を確立するために召集された最初のSAFE-Tサミットは、2018年4月に世界麻酔科学会連合(WFSA)と王立医学会(Royal Society of Medicine: RSM)によって開催され、同会場にて3年前にランセット委員会が報告書を発表して以来の進捗状況が見直された。SAFE-Tサミットは、測定の問題と、世界中の手術、産科および麻酔の改善を監視ならびに推進する上での測定の重要性に取り組んだ。これに続いて、2018年6月に、世界保健機関 – 世界麻酔科学会連合(WHO-WFSA)は、麻酔の安全な実施のための国際基準「スタンダード」を発表した。2,3 これらの基準は、「世界保健会議決議68.15は、緊急および必要な麻酔と手術ケアを受けられることをユニバーサル・ヘルス・カバレッジの不可欠な要素として認識している。」ことを思い起こさせ、したがって、冒頭で「必要な手術のための安全な麻酔を受けられることは基本的人権であり、支払う能力に関係なくすべての患者に享受されるべきである。」と主張している。「スタンダード」は世界中で適用できるが、この文書は、世界の中で何百万人もの患者が麻酔ケアを受けられない、または受けられても米国などの高所得国より何百または何千倍も高い死亡率に直面している地域に最も当てはまる。4「スタンダード」のこれらの重要な冒頭での声明は、安全な麻酔ケアを測定するための事情を規定している。

麻酔の安全な実施のための国際基準

高、中、および低所得国を代表する多国籍、ジェンダーバランスのとれたワークグループによって作成された現在の「スタンダード」は、以前WFSAの総会によって承認された2つの基準文書に基づいているが、これらの基準がWHOによって承認されたのは今回が初めてである。したがって、「スタンダード」で使用される用語は、特に3つのレベルの基準を示すためにHIGHLY RECOMMENDED「強く推奨される」、RECOMMENDED「推奨される」、およびSUGGESTED「示唆される」を使用するという点で、世界保健機関(WHO)の用語と一致している。「強く推奨される」基準は、「最低限期待されること」であり、事実上必須である。「スタンダード」はこれについて明白であり、これらの基準を満たすことができない場合、「麻酔の提供は生命か肢の即時の(緊急の)救命に必要な手技に制限されるべきである」と述べている。したがって、これらの必須基準の選択について深く考えることは有益である。

「スタンダード」は、全身麻酔、鎮静レベル、およびWHOの医療施設レベルの定義を規定している。世界中の医療施設のさまざまなレベルについて使用される用語にはかなりの違いがあり、この文書では、適用すべき基準のレベルを決定するのは、その国によって使用される施設の命名法ではなく、その施設で行われる手術症例のタイプである、と述べられている。このことは「スタンダード」の3つのレベルに則した医療資源の配置についての事情を提供しているが、可能な限り最も高いレベルで診療すべきであることが常に目標であることは明白である。

安全な麻酔ケアのための「スタンダード」で必須とされている最初の要件は、適切な研修を受けた麻酔専門家が常に現場に居て注意深く看視することである。したがって、世界中で逸話的に報告されているように、一人の麻酔科医が他の助手なしに複数の手術室で同時に麻酔を行うことは受け入れられない。このような行為は、安全な麻酔実施の第一原則に違反する。例えば、研修を受けた麻酔専門家がいなければ、自動または電子モニタリングにほとんど価値はない。オキシメータの使用を必須とするのは、研修を受けた麻酔専門家が常に現場に居て注意深く看視することが前提である。

「研修を受けた」麻酔専門家をどう定義するかという問題について、「スタンダード」は、さまざまなレベルの研修を受け、さまざまな専門の経歴と能力を持った非麻酔科医によって多くの麻酔薬が投与されていることを認識している。安全な麻酔の世界的な需要を満たす中で、麻酔科医と共に働くさまざまな麻酔専門家を説明するために使用される用語の定義が提供されている。すべての専門職において、「国家として認定された(卒後)教育プログラムで正式な研修を受け、その研修を文書で証明することを強く推奨する。」それにもかかわらず、WFSA は麻酔の複雑さと潜在的な危険性のために麻酔をi医師による行為と見なしている。したがって、これらのWHO-WFSA「スタンダード」は、「麻酔の安全な提供には、医学的診断、薬理学、生理学、および解剖学の高度な専門知識と相当な診療技能が必要」で「可能な限りいつでもどこでも麻酔科医が麻酔を提供、指導または監督すべき」と述べている。ここで、麻酔科医は「国家に認められた専門的な麻酔研修プログラムを修了した医学部卒業生」と定義されている。しかし、WFSA は、麻酔科医だけでは近い将来に安全な麻酔ケアへのアクセスの世界的なギャップを埋めることはできないことを認識する声明を出した。安全な麻酔と手術におけるチームワークの重要性が強調されている。麻酔チームの構成に関係なく、麻酔専門家が統治機関に承認され、各国の実情に合わせた正式な麻酔研修プログラムを正規に修了していることを期待する権利を患者が持っていることは確かである。

さらに、「スタンダード」の著者らは、標準化のために、現在「麻酔医」という用語を使用している国に対し、提案されている「麻酔科医」という用語の普遍的な分類を適用するように「麻酔科医」を規定することを奨励している。単一の世界共通用語が、政府や他の基金団体や規制機関とのコミュニケーションに貢献し、上記で概説した麻酔科医による監督と指導を必須要件とする方向で麻酔専門家の世界規模の大きなギャップに対処する緊急的必要性を主張していくことを支援する、と私たちは信じている。

「スタンダード」は、安全な麻酔のための他の物理的要件の簡潔な概要と、必要な薬物と輸液の表形式の一覧も提供している。詳細については「スタンダード」を参照されたい。2,3

パルスオキシメータ(と連続的な臨床観察)による組織酸素化モニタリングを必須要件とすることはこれらの基準の前の版にも含まれており、2つの相反する考え方から論争中であると見なされていた。一方の考え方から、国によっては医療資源に制限があるため、この要件は現時点では非現実的であると提案された。これはある程度は真実であり、「スタンダード」は意欲的で、容認できる診療に向けた進歩を奨励することを意図している。WFSAとLifebox(WFSAはイギリスとアイルランドの麻酔医協会、ハーバード公衆衛生大学院とブリガムアンドウィメンズ病院と共に設立組織の1つである)のメンバーの仕事によって約77,000の手術室における世界的なオキシメトリのギャップが実証され、彼らはそのギャップに取り組もうとしている。5

これらの組織の努力を通して、またアメリカ麻酔科学会や他の多くの麻酔学会や団体、特にイギリス、カナダ、オーストラリア、そしてニュージーランドからの学会や団体の支援もあり、少なからぬ研修と支援活動によって現在2万以上のパルスオキシメータが配布されている。同時に、もう一方のグループは、「スタンダード」はさらに進んでカプノグラフィも同様に必須とするべきだという対照的な考え方を進展させた。これらの論評者は、診断されなかった食道挿管と他の換気の問題に関連する多くの回避可能な死亡は、二酸化炭素の継続的モニタリングによって最も確実に検出できると主張した。

現在の「スタンダード」の作成中に、カプノグラフィを含めるかどうかについて多くの議論と協議があった。このような議論の結果、「スタンダード」には、「気管チューブを使用する場合は、聴診によって正しく留置されたことを確認する必要がある(強く推奨)。二酸化炭素検出(すなわち、非波形カプノグラフィまたは比色分析)による正しい留置の確認もまた強く推奨される。」と記載されている。 「スタンダード」は連続波形カプノグラフィを推奨し 「この形式のモニタリングは、適切に測定でき適切な価格の装置が使用できる場合に強く推奨される。医療機器メーカーに対しこの連続波形カプノグラフィが利用できない状況に早急に対処することを勧める。」と述べた。この記述は、医療資源が不足している環境で信頼性の高いカプノグラフィを提供するための現在のコストと課題を反映している。マラウイ6 でカプノグラフィを提供するための概念実証研究が最近行われており、手頃な価格で適切に測定できるカプノグラフィモニタが現在利用できない状況への対処の進捗を促すためにWFSAは任務を開始している。7

WHO-WFSA「スタンダード」に関しては、特に中低所得国で大きな関心が寄せられており、全国レベルで麻酔科学会が「スタンダード」の正式な採用を求めて保健省に提出した国もある。

麻酔患者の安全性を改善するために世界中で「スタンダード」が採用されている

WFSA はまた、関連するチェックリストツール、麻酔施設評価ツール(Anesthetic Facility Assessment Tool: AFAT)を作成し「スタンダード」に準拠した施設の地方、地域、全国レベルの表の作成と、埋めるべきギャップの同定に役立てている。8 現時点では、AFAT を WHO の世界保健データのリポジトリとなるWHOサービス利用可能性と準備状況評価(Service Availability and Readiness Assessment: SARA)に統合する試みが行われており、保健省がすべての麻酔指標を含め定期的かつタイムリーなデータ収集に関与する必要性をさらに強調している。

ワールドワイドでの安全性

ランセット委員会によって発表され、「スタンダード」として2018年4月の SAFE-T サミットで見直された世界的な麻酔の「像」について深く考えることは興味深い。ランセット委員会は6つの主要な指標を特定した。1 これらのうちの2つ(外科系専門家の対人口比率と周術期死亡率)は「スタンダード」に直接関係している。さらに、すでに説明したように、適切なタイミングで必要な手術を受けられるということは、その手術と関連する麻酔が安全である場合にのみ価値があるものであり、「スタンダード」としてはこの測定基準も同様に盛り込んでいる。1

2030年までに人口10万人あたり20人の外科医、麻酔科医、および産科医という目標を設定するにあたり、ランセット委員会は、これらのうち何人が麻酔科医であるべきかを明確にしなかった。2017年に Kempthorne らは、世界で人口10万人当たり最低5人の麻酔科医を達成するには、13万6千人を超える追加の麻酔科医が必要と推定した。9 このように、麻酔専門家のギャップは、多数の麻酔科医だけでなく多数の麻酔科医以外の麻酔臨床家を育成することによってのみ埋められることは明らかである。このことに関係する「強く推奨される基準」は、それぞれの麻酔専門家に国家に認定された研修プログラムが必要であるということである。そのようなプログラムがすべての国で可能であることを保証するための投資が早急に必要とされている。

周術期死亡率(「手術室で手術を受けた患者の退院前の全死因死亡率」と定義される)の現在の目標として、これを全国的に測定し報告する能力を確立することを挙げている。これは非常に重要なアウトカムの尺度であるが、提案された期間内に目標を達成することは困難であり、ケースミックスと状況に関する説明情報がないとデータを解釈するのは困難である。

最初の SAFE-T サミットが無事終了したことを受けて、WFSA 理事会は、世界麻酔科学会が開催されない年には年1回の WFSA SAFE-T サミットを継続することを票決した。ちょうど2019年4月にロンドンで開催される第2回 SAFE-T サミットの重要なテーマは、アクセス、安全、そして公平性である。APSFの使命を達成するためには、臨床家、管理者、および政府が協力して、世界中のあらゆる場所で麻酔を受けるすべての患者にとって「スタンダード」が現実のものであることを保証する必要がある。「患者は誰も麻酔によって傷害を受けてはならない。」

 

Dr. Merry はオークランド大学の麻酔科学 教授で、ニュージーランドのオークランドにあるオークランド市立病院で臨床医として働いている。

Dr. Johnson は、スイスのジュネーブにある世界保健機関(WHO)の緊急ならびに必要な手術ケア(Emergency and Essential Surgical Care: EESC)プログラムの責任者である。世界麻酔科学会連合はこのプログラムと公式の関係を築いている。

Dr. Mets は、ペンシルベニア州ハーシーにあるペンシルベニア州立大学麻酔科学講座の教授兼科長である。

Dr. Morris は、ニュージーランドのクライストチャーチにあるオタゴ大学麻酔科の臨床上級講師である。

Dr. Gelb は、カリフォルニア州サンフランシスコにあるカリフォルニア大学サンフランシスコ校麻酔と周術期ケア科の名誉教授である。


Dr. Merry は、SAFER sleep LLC の利権を持ち、世界麻酔科学会連合の会計係であり、英国 Lifebox 評議会に属している。Dr. Johnson は、利益相反なしと開示している。Dr. Mets は世界麻酔科学会連合のパートナーシップ・ディレクターである。Dr. Morris は世界麻酔科学会連合のプログラム・ディレクターである。Dr. Gelbは世界麻酔科学会連合の書記であり、Masimo Inc. のコンサルタントである。


ここに提供される情報は、安全関連の教育目的のみに使用され、医学的または法的助言を提供するものではない。個人または団体の回答はコメントのみで、教育や討論の目的で提供されるものであり、APSF の勧告や意見ではない。特定の医学的または法的助言を提供すること、または質疑に応じて特定の見解や勧告を推奨することは、APSF の意図ではない。いかなる場合でも、APSF は、そのような情報の信頼によって引き起こされた、またはそれに関連して生じた損害または損失について、直接的または間接的に責任を負わない。


References

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  2. Gelb AW, Morriss WW, Johnson W, et al. World Health Organization-World Federation of Societies of Anaesthesiologists (WHO-WFSA) international standards for a safe practice of anesthesia. Anesth Analg. 2018;126:2047–2055.
  3. Gelb AW, Morriss WW, Johnson W, et al. World Health Organization-World Federation of Societies of Anaesthesiologists (WHO-WFSA) International Standards for a Safe Practice of Anesthesia. Can J Anaesth. 2018;65:698–708.
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  8. Anesthesia Facility Assessment Tool. https://www.wfsahq.org/resources/anaesthesia-facility-assessment-tool.Accessed December 6, 2018.
  9. Kempthorne P, Morriss WW, Mellin-Olsen J, et al. The WFSA global anesthesia workforce survey. Anesth Analg. 2017;125:981–990.